効率目線ではない、時間の見かたとは。

どうも、かぴです。

 

『時間の使い方で、ムダを無くそうと努力してみても、なかなか排除できずに疲れるばかり。』

こんな人、あなたのまわりにいませんか?

楽しい場合の時間は『短い』と思うこともあるし、会議などの進行が遅い時などの時間は『長い』と思ったりします。

 

その時々で、時間の感じ方の違いますよね。

 

そう考えると出来るならムダなく効率的に使いたいです。

 

その辺を深堀して行きます。

 

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無論、『時間が無い。』

僕の仕事は、一般的サラリーマンから考えると、時間拘束と仕事のボリュームが多い方だと思います。

 

無論、『時間が無い。』

 

最近、そんな考えから、自己啓発的な『時間術』を求めて、書籍を探して見たりしてるのですが、自分的に少々腑に落ちない点があるんですよね。

 

例えば、今日中に行わなければいけない仕事を抱えているのに、午前中会議が入り、その会議内容が『時間のムダ』に思えたり、昼食や休憩を遅らせて仕事をしているのに、ゆっくり昼寝をしている人を見て、『時間のムダ!』と思ったことってありませんか?

 

この『時間のムダ』と思う気持ちは何だろ。

そうなんです。『時間のムダ』の感じ方とは、個々の目的によって違うんです。

 

仕事をしている人は、それ以外の会議や昼寝の時間がムダに思えるし、体を休めようと、昼寝をしている人から見れば、休憩を遅らせて仕事をしている人はムダに見えるんです。

なので、『時間とは、本人がどれだけ満足した使い方が出来るかであって、効率だけの尺度で見るのは、ちょっと違うのではないか?』と思ったんです。

要は、自分のやりたいことを中心に考え、時間の使い方を組み立てて実践。間違いがあれば、修正して、また実践。

そうして時間の使い方の精度を上げて行くことにより、『時間のムダ』が少しづつ減少して行く方向に進むと考えます。

 

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 「効率」とは、その過程で発生するものであって、肝心なところは、その時間の使い方で得る満足感みたいなものだと思います。

 

時間の使い方において、『効率』を上げることが最終的な目標ではなく、どのように時間を有効的に使って、自分が満足できるかということを追及すると、その満足が大きければ大きいほど、『時間のムダ』も減少していると感じます。

もったいない時間の使い方はしたくないですね。

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